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1970年大阪万博の象徴《太陽の塔》。約半世紀ぶりに再生した塔の “血流”《生命の樹》を訪ねて


大阪・吹田市「万博記念公園」にある、芸術家・岡本太郎(1911〜1996)の《太陽の塔》。1970年に開催された「日本万国覧会(大阪万博)」のシンボルタワーだと思っている人が多いのでは?当時、太陽の塔は、岡本太郎がプロデューサーを務める「テーマ館」の一部として構想されました。大阪万博閉幕後、内部の展示空間は原則非公開になっていましたが、2018年に半世紀ぶりに内部を見学できるようになりました。岡本太郎が太陽の塔に託したメッセージとは何だったのでしょうか。




1970年大阪万博に強いインパクトを与えた《太陽の塔》

現在、過去、未来を表す、3つの顔

万博記念公園にすっくと立つ《太陽の塔》は、高さ約70m、基底部の直径約20m。巨大なボディには、特徴的な3つの顔があります。お腹にある《太陽の顔》は現在を、頂部の《黄金の顔》は未来を、背面の《黒い太陽》は過去を表しているそう。岡本太郎は、「人間の身体、精神のうちには、いつでも人類の過去、現在、未来が一体になって輪廻している」と、考えていました。構造は鉄骨・鉄筋コンクリート造で、塔内部には、なんと地下から地上へ伸びる高さ約41mのオブジェ《生命の樹》が内蔵されています。少しその歴史をたどってみましょう。





太陽の塔は、地下と空中を結ぶ縦通路として構想

写真提供:大阪府

1970年に大阪の千里丘陵で「人類の進歩と調和」をテーマに「日本万国覧会(大阪万博)」が開催されました。アジア初の万国博覧会となる大阪万博には、116のパビリオンが立ち並び、半年間で当時万博史上最多の6,421万人が来場。メインゲートの正面に大屋根をつらぬいて顔を出す《太陽の塔》は人々に強烈なインパクトを与えました。別世界から出現したような「ベラボー」な建造物は、芸術家の岡本太郎によって生み出されました。


写真提供:大阪府

岡本太郎がプロデュースしたテーマ館は、大阪万博のテーマを象徴するパビリオンですが、メインゲートから入ってくる大観衆がスムーズに会場内へ流れるように、展示館としての建物を持ちませんでした。展示空間は、地下、地上、空中の3層で構成し、それぞれ過去/根源、現在/調和、未来/進歩を表現。太陽の塔は、地下展示と高さ約30mにかかる大屋根内部の空中展示をつなぐ縦通路として構想されました。とはいえ、まさか見たこともない不思議な造形の塔が、会場のマスタープランを手がける建築家・丹下健三が設計した、スペースフレームの大屋根を突き破ることになるとは誰も想像していませんでした。


現在も残される大屋根跡



進歩主義の万博と全く逆の価値観

「EXPOのテーマプロデューサーを引き受けた時、私はその中核に人間であることの誇り、生きていることの歓びを爆発させたいと思った」

岡本太郎は、「技術の進歩が人類の未来をひらく」という進歩主義の万博と全く逆の価値観を投げ入れようとしました。「人類は進歩なんかしていない」「根源に立ち返れ」。岡本太郎はそう説いて、「人類の進歩と調和」というテーマに、躍動する「生命」という視点をもたらしたのです。


テーマ館は、太陽の塔を軸に、地下展示は「生命の神秘」を、地上展示は「現代のエネルギー」を、そして大屋根の空中展示では「未来の空間」を主題に展開。来場者は、地下展示会場から、太陽の塔の内部を通って、大屋根の空中展示会場を巡るルートで観覧しました。

太陽の塔は過去・現在・未来を貫いて生成する万物のエネルギーを象徴するとともに、生命の中心、祭りの中心を示すもので、多くの来場者に感動をもたらし、大阪万博の象徴となりました。

大屋根内部の空中展示 写真提供:大阪府



太陽の塔は解体される計画だった

大阪万博閉幕後、太陽の塔はほかのパビリオンと同様に解体、撤去される予定でした。大阪万博の跡地利用に際し、大阪万博の象徴となった太陽の塔をどうするか、あらためて検討が行われ、「維持費がかかる」「記念に残してほしい」と賛否両論が続出。なかなか結論は出ませんでしたが、全国から保存を望む声が多く寄せられ、大阪万博のモニュメントとして永久保存されることが決まりました。1975年のことです。

その後、太陽の塔は扉が閉ざされ、内部は非公開になっていました。

2003年に記念イベントとして特別公開を行ったところ、申し込みが殺到。2016年に大阪府により太陽の塔を耐震補強し再生するプロジェクトがスタート。2018年から太陽の塔内部が一般公開されています。





太陽の塔内に《生命の樹》が再生

行方不明になっている第4の顔《地底の太陽》を復元

地下展示に設置されていた第4の顔《地底の太陽》  写真提供:大阪府

半世紀ぶりに再生された太陽の塔の内部を紹介しましょう。

入り口は、太陽の塔の後ろ側。地下通路から入ります。岡本太郎が描いた太陽の塔の構想図をたどりながら、地下展示室へ。大阪万博当時、太陽の塔の前段にあった「地下展示:根源の世界」の雰囲気をイメージしたもので、第4の顔とされる《地底の太陽》が目を奪います。これは直径約3m、幅約11mの金色に輝く巨大な仮面。大阪万博閉幕後、行方不明になったままですが、写真などをもとに復元されました。地底の太陽の周りを当時も飾られていた世界の仮面や土偶が取り囲み、呪術的な世界が広がります。テーマ館の地下空間には「いのち」「ひと」「いのり」の3つの展示があり、かつての展示風景もプロジェクションマッピングとともに投影されています。


復元された《地底の太陽》

プロジェクションマッピングにより、多様な顔が見られる

地下通路では、太陽の塔の顔を間近に見上げられる小窓が




生命の樹は太陽の塔の“血流”

地下展示を抜けると、太陽の塔の真っ赤な胎内。地下から上空へ、高さ約41mのオブジェ「生命の樹」がそびえています。うねるように伸びる1本の樹体に、原生生物から人類に至るまでの生命の進化をたどる33種の生物模型が展示され、圧巻です。当時と同じ、黛敏郎(まゆずみ としろう 1929〜1997)作曲の「生命の讃歌」が塔内に響き、太陽虫やウミユリが内側から色を変えて光り、赤い壁は波打つよう。生命の樹は、音楽と照明、展示が一体となった壮大なインスタレーションです。

原生類時代の生物

太陽虫

「生命の樹は太陽の塔の“血流”であり、内壁のひだは“脳のひだ”なんだ」。岡本太郎はそう表現したそう。再生プロジェクトでは、太陽の塔内部を元通りに復元するのではなく、LEDライトなど現代の技術を使って演出し、岡本太郎が表そうとした「すさまじい勢いで吹き上げる生命のエネルギー」をより体感できるように表現したといいます。

模型はもともと33種292体ありましたが、現在は、33種類183体。当時なかった技術を使用して生物がいきいきと見えるように再生したそう。唯一、頭部がむき出しになっていたゴリラはそのまま展示し、歳月が感じられるようにしています。

1970年大阪万博開催時より今日まで、生命の樹に腰掛け続けているゴリラ





全ての生き物の根源は一つ

大阪万博当時、来場者はまだ珍しかった4基のエスカレーターで生命進化の物語をたどりながら塔を上りました。鈴なりの人を運んでいたエスカレーターは、塔の軽量化を図るため、今は階段に付け替えられています。原生生物、爬虫類、恐竜…と生物の進化を眺めながら階段を上がり、クロマニョン人にたどりつく頃には長い旅をしてやっと祖先に出会えたような気持ちに。しかし生命の樹は、人間が上で原生生物が下だという意味ではありません。むしろ目に見えないアメーバなどの原生動物は大きく、人間は小さくつくられています。岡本太郎は、全ての生き物は単細胞から生まれ根源は一つ、同じ幹につながっていると考えていたといいます。

塔内は階段で移動する

ネアンデルタール人

高さ約30mの最上階がちょうど太陽の塔の腕の付け根あたり。かつては右腕にあったエスカレーターで大屋根の空中展示へ移動していました。一方の左腕は避難階段が設置されていたそう。上空には無限の天空を表現した美しい「太陽の空間」が広がり、生命の樹の先端はその先の未来へ。宇宙へと伸びているような想像が広がります。


1970年大阪万博開催当時に使用された案内プレート 右腕から空中展示へ移動できた

左腕の内部



太陽の塔が問いかけるものは?

1970年の大阪万博を知る60代以上の人の中には、「50年の時を経て、太陽の塔の生命の樹を見て感動しました」と涙を流す人が珍しくないそう。太陽の塔は、渋谷駅のランドマークとして知られる岡本太郎の巨大壁画《明日の神話》と同時期に構想されたもので、若い世代は岡本太郎の作品として来館する人が多いようです。

「お客様から『作品のパワーに圧倒されました』と感想をいただくと、50年前から変わらず見る人に衝撃を与える建造物なんだなと、あらためて実感します」と、スタッフ。

大阪万博が夢見た未来が「今」だとしたら、人類は本当に進歩しているのでしょうか。太陽の塔は私たちに大きな問いを投げかけてきます。








太陽の塔の世界を堪能した後は、ミュージアムショップに立ち寄ってみてはいかがでしょうか。岡本太郎についてより理解を深められる書籍や、一番人気の太陽の塔のフィギュア、ポストカード、キーホルダーなど、多彩なグッズが並んでいます。

太陽の塔への入館は、前日までの事前予約制(先着順)です。太陽の塔オフィシャルサイトから予約手続日の120日先まで予約可能。詳細は基本情報を参考に、Webサイトをご覧ください。





太陽の塔近隣のおすすめスポットとグルメ


EXPO’70 パビリオン

大阪万博当時の出展施設だった鉄鋼館を利用した、万博の記念館です。スペースシアターと呼ばれたホールや、大阪万博の会場を300分の1のスケールで再現したペーパークラフトなど、大阪万博の貴重な資料等を展示しています。別館では、大阪万博当時に太陽の塔の頂部に設置されていた初代《黄金の顔》(直径10.6m)を展示。パビリオンを彩った「ホステス」のユニフォームなども公開されています。

写真提供:大阪府



薪窯ピッツァ・カフェ NORTH GARDEN

万博記念公園内で伐採された間伐木の薪で焼く、薪窯ピッツァが自慢のお店。「太陽のピッツァ」「黒のピッツァ」「黄金のピッツァ」「地底のピッツァ」と、万博記念公園のシンボルの4つの顔にちなんだオリジナルピッツァがおすすめです。平和のバラ園の南側にあり、テイクアウトしてバラ園のベンチで食べるのも楽しそう。





基本情報


太陽の塔

住所

大阪府吹田市千里万博公園

電話番号

0120-1970-89(万博記念公園コールセンター)※水曜休み(万博記念公園に準ずる)

公式Webサイト

営業時間

10:00~17:00(最終受付16:30)

休館日

毎週水曜日(水曜日が祝日の場合は直後の平日)/年末年始 ※4月1日~5月GWまで・10月・11月は無休

料金

太陽の塔入館+自然文化園・日本庭園共通入園セットチケットで大人930円、小中学生380円

※原則、入館予約時にクレジットカード決済で支払い



EXPO’70 パビリオン

住所

大阪府吹田市千里万博公園

電話番号

0120-1970-89 / 06-6877-7387(万博記念公園コールセンター)

公式Webサイト

営業時間

10:00~17:00 (最終入館は16:30まで)

定休日

毎週水曜日(水曜日が祝日の場合は直後の平日)※万博記念公園に準ずる

入館料

一般(高校生以上)500円、中学生以下無料



薪窯ピッツァ・カフェ NORTH GARDEN

住所

大阪府吹田市千里万博公園

電話番号

06-6816-1055

公式Webサイト

営業時間

10:00~17:00(ラストオーダー16:30)※ピッツァを含む一部商品は11:00から

定休日

毎週水曜日(水曜日が祝日の場合は直後の平日)※万博記念公園に準ずる


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